2026年8月、住友ファーマの会計処理について、米国のGotham City Research(ゴッサム・シティ・リサーチ)が問題を指摘するレポートを公表した。
レポートでは、住友ファーマの2025年度の財務諸表について「1,160億~1,650億円規模の誤りがある」と主張しており、特にスイス子会社をめぐる配当・現物分配や債権の処理を問題視している。Gotham自身は住友ファーマ株のショートポジションを持っていることも開示している。
では、このGotham City Researchとは、そもそも何をしている会社なのだろうか。
結論から言えば、一般的な証券会社のリサーチ部門や会計監査法人ではない。
企業の財務内容などを調査し、問題があると判断した企業の株式を空売りしたうえで、その問題点をレポートとして公表する「アクティビスト・ショートセラー(空売り投資家)」である。
この点を理解すると、今回の住友ファーマに対するレポートの位置づけもかなり分かりやすくなる。
Gotham City Researchとは
Gotham City Research LLCは、Daniel Yu(ダニエル・ユー)氏が設立した米国の投資調査会社である。Reutersも同社を「short seller(空売り投資家)」として紹介している。
同社自身は事業について、
「due diligence-based investing(デューデリジェンスに基づく投資)」
を行う会社だと説明している。また、調査対象企業についてロングまたはショートのポジションを持つ場合があることも明記している。
実際には、Gothamの名前が知られるようになったのは、企業の会計や関連当事者取引、債務、キャッシュフローなどを詳細に分析し、
「この会社の利益は実態より大きく見えているのではないか」
「実際の負債はもっと多いのではないか」
「関連会社との取引が適切に開示されていないのではないか」
といった問題を指摘するレポートを公開する活動によるものだ。
最近では、米Carvanaについても関連当事者取引や利益の過大計上を主張するレポートを発表している。
「企業を調査する会社」というだけではない
Gothamを理解するうえで最も重要なのは、
Gothamは第三者的な調査機関ではなく、投資家でもある
ということである。
一般的な会計監査法人であれば企業から監査報酬を受け取り、財務諸表が会計基準に従って適正に作成されているかを確認する。
一方、Gothamの場合はまったく違う。
例えば、
- ある企業の株価が実態より高いと考える
- その企業の株式を空売りする
- 財務諸表、登記、子会社資料、取引関係などを詳しく調査する
- 問題点をまとめたレポートを公表する
- 市場がその問題を認識して株価が下がれば利益を得る
という構造になっている。
Gotham自身も、自社ウェブサイト上で、レポート公表時点では対象企業の株価が下落すれば利益を得る可能性があると想定すべきだと明記している。また、その後ポジションを変更しても市場に通知する義務を負わないとしている。
したがって、
「企業の不正を告発するジャーナリスト」
と考えるのも正確ではないし、
「独立した会計専門家」
と考えるのも正確ではない。
むしろ、
「株価が下がると考えて投資し、その投資仮説を詳細な調査レポートとして市場に提示する投資家」
と考えるのが最も近い。
なぜそんなことをするのか
理由は非常にシンプルである。
株価が下がれば儲かるからだ。
空売りでは、株式を借りて1000円で売り、その後600円に下落したところで買い戻せば、単純化すれば400円の利益になる。
そのためGothamにとって重要なのは、
「市場が間違って評価している企業」
を見つけることである。
例えば市場では、
営業利益1000億円 有利子負債3000億円
と認識されている会社があったとする。
しかしGothamが分析して、
実質的な利益は500億円程度しかない 実質的な負債は5000億円ある
と判断したとする。
もしGothamの分析が正しければ、その会社は市場が考えているよりはるかに割高かもしれない。
そこで株を空売りしてからレポートを公表するのである。
住友ファーマについてGothamは何を主張しているのか
今回Gothamが特に注目したのが、住友ファーマのスイス子会社Sumitomo Pharma Switzerland(SMPS)をめぐる取引である。
Gothamは、住友ファーマが2026年3月期について開示した数字と、親会社である住友化学の財務諸表注記などを比較し、数字の整合性に疑問を呈している。
報道によれば、Gothamが注目している数字の一つが、
480億円
と
約1,640億円
である。
住友ファーマはスイス子会社から約480億円の配当を受け取ったとしている一方、親会社の財務諸表注記では約1,640億円の「現物分配(distribution-in-kind)」に関する記載があり、Gothamはこの差額について説明が十分ではないと主張している。
そこからGothamは、
住友ファーマの2025年度財務諸表には1,160億~1,650億円程度の誤りが存在する可能性がある
と主張している。さらに債権などを利用することで住友ファーマおよび住友化学の利益が押し上げられているとの見方も示している。
ただし、ここは非常に重要である。
これは現時点では、
Gotham City Researchの「主張」
であって、
監査法人や金融当局が「住友ファーマの決算が粉飾だった」と認定したという話ではない。
住友ファーマ側は財務諸表を修正する予定はなく、財務報告に誤りがあるとの指摘も確認していないとしている。
したがって、
「Gothamが不正会計を発見した」
と断定するのは現段階では適切ではなく、
「Gothamが会計処理について重大な疑問を提示した」
くらいに考えるべきだろう。
Gothamは過去にも製薬会社をターゲットにしている
今回の住友ファーマは、Gothamが製薬会社の会計問題を指摘した初めてのケースではない。
非常に有名なのが、スペインの血液製剤大手Grifols(グリフォルス)である。
2024年1月、GothamはGrifolsについて、
- 利益が実態以上に大きく見えている
- 負債が実態より小さく見えている
- 関連当事者との取引に問題がある
などとするレポートを発表した。
発表後Grifolsの株価は急落し、一時は時価総額の約3分の1を失った。
Gothamは過去にもCriteo、AAC Technologies、SES-imagotagなど複数企業を対象にレポートを出しており、スペインの通信会社Let's GowexはGothamによる問題提起の後、最終的に破綻している。
そのためGothamは市場では、
「企業会計の問題を見つける能力のあるショートセラー」
として一定の注目を集めている。
ただしGothamの主張が常に正しいわけではない
ここも非常に重要である。
Gothamの過去の実績だけを見て、
「Gothamが言っているのだから住友ファーマも問題だ」
と考えるのは危険である。
Grifolsのケースでは、会社側がGothamの主張を強く否定し、訴訟にまで発展している。
スペイン当局もGrifolsだけでなくGotham側の行為を調査しており、Gothamの創業者Daniel Yu氏は、市場に誤解を与える情報を流して株価に影響を与えた疑いをめぐってスペインの裁判所から事情を聴かれる対象となった。Gotham側は自らの調査の正当性を主張している。
またGrifolsが米国で起こした訴訟については、2025年に米連邦裁判所が一部の名誉毀損の主張について審理を継続できると判断している。
つまりGothamは、
「不正を暴く正義の調査会社」
でもなければ、
「株価を下げるためだけにデタラメを書く会社」
とも単純には言えない。
非常に強い経済的インセンティブを持ちながら企業を徹底的に調査する投資家
という理解が適切だと思う。
ショートセラーのレポートはどう読むべきか
個人的には、今回の住友ファーマの問題を見るうえでは、
Gothamが正しいか、住友ファーマが正しいか
という二択にする必要はないと思う。
ショートセラーのレポートを見るときには、
「Gothamが空売りしているから信用できない」
と切り捨てるのも、
「Gothamには実績があるから正しい」
と考えるのも極端である。
見るべきなのは、
Gothamが示した個々の数字や取引が、実際の開示資料と整合しているか
である。
今回なら、
480億円と約1,640億円は何を意味するのか。
現物分配とは具体的に何だったのか。
連結財務諸表と単体財務諸表のどこに計上されるべきなのか。
その取引によって住友ファーマや住友化学の利益は本当に過大になっているのか。
ここを一つずつ確認する必要がある。
Gothamのレポートが市場で注目される理由
Gothamのようなショートセラーの存在には興味深い側面もある。
証券会社のアナリストには企業との関係があり、極端にネガティブなレポートを出しにくい場合がある。
監査法人も企業から監査報酬を受け取っている。
一方、ショートセラーの場合、
企業に問題があるほど利益になる。
したがって、
「誰も気づいていない問題を見つける」
ことに非常に強い経済的インセンティブがある。
だからこそ、ときには市場や監査法人が見逃した問題を発見することがある。
その反面、
株価が下落するほど本人が儲かる
という明確な利益相反もある。
この二面性こそが、Gotham City Researchという存在を理解するうえで最も重要だろう。
まとめ
Gotham City Researchは、単なる「企業調査会社」ではない。
その実態は、
企業を詳細に調査し、問題があると判断すれば株式を空売りし、その後に調査レポートを公開するアクティビスト・ショートセラー
である。
今回の住友ファーマについても、Gothamはショートポジションを持ったうえで会計処理への疑問を提示している。
したがってGothamには、
「住友ファーマの問題を発見する」
インセンティブがあると同時に、
「住友ファーマの株価が下がる」
ことによって利益を得るインセンティブもある。
今回の件で重要なのはGothamという会社を信用するかどうかではない。
最終的には、
Gothamが指摘した480億円、1,640億円、1,160~1,650億円という数字が、住友ファーマ・住友化学の財務諸表の中でどのようにつながっているのか
を検証することである。
個人的には、今回のレポートは「不正会計が発覚した」と評価する段階ではないものの、住友ファーマ側が会計処理をより具体的に説明する必要性を生じさせたレポートとして見るのが妥当ではないかと思う。
今後、監査法人、証券取引所、金融当局などがどのような判断をするのかも含め、非常に興味深いケースになりそうである。