先日、Fierce PharmaにEli Lillyのマーケティング責任者へのインタビュー記事が掲載されていました。
GLP-1治療薬のMounjaroやZepboundの大成功によって、今やEli Lillyは世界で最も注目される製薬企業の一つになっています。しかし記事を読んで興味深かったのは、Lillyが単に薬を売ろうとしているのではなく、「Lillyという企業そのもの」をブランド化しようとしている点でした。
製薬会社は通常、企業ブランドを売らない
製薬業界のマーケティングは特殊です。
一般的には、
- 病気の啓発
- 医師向け情報提供
- 薬の有効性や安全性の説明
が中心になります。
そのため、消費者は薬の名前は知っていても、どの会社が作っているのかはあまり知りません。
しかしLillyは違います。
同社はここ数年、「Mounjaro」や「Zepbound」だけではなく、「Lilly」という企業ブランドを前面に押し出しています。
オリンピックを活用したブランド戦略
LillyはTeam USAやロサンゼルス五輪との提携を積極的に進めています。
一見すると製薬会社とスポーツは関係が薄いように見えます。
しかしLillyは、
「健康があるからこそ人生の可能性が広がる」
というメッセージを発信しています。
健康であるからスポーツができる。
健康であるから家族との時間を楽しめる。
健康であるから仕事や趣味に挑戦できる。
薬そのものではなく、健康がもたらす人生の価値を語ろうとしているのです。
科学者とアスリートを重ねるストーリー
記事の中で特に印象的だったのは、科学者とアスリートを重ねて語っている点です。
オリンピック選手は何十年も努力しながら、本番では数分の勝負をします。
一方、製薬企業の研究者もまた、何十年も研究を続けながら、一つの新薬を世の中に送り出します。
多くの研究は失敗に終わります。
しかしその失敗が次の発見につながります。
これは研究開発の価値を一般消費者にも理解してもらうための非常に優れたストーリーテリングだと感じました。
「薬」ではなく「人生」を売る
Lillyの150周年キャンペーンのテーマは、
「150 years of everything else」
です。
直訳すると、
「それ以外のすべての150年」
という少し不思議な表現です。
意味するところは、
人々が誕生日を祝うこと 家族と過ごすこと 旅行をすること スポーツをすること
そうした人生の瞬間を支えているのが健康であり、医薬品であるという考え方です。
薬を売るのではなく、人生の価値を語る。
これは従来の製薬会社の広告とはかなり異なります。
Lillyの狙い
1. GLP-1ブームを企業ブランドへ転換する
現在の成長はMounjaroやZepboundによる部分が大きいです。
しかし製品には必ずライフサイクルがあります。
そこでLillyは製品への評価を企業ブランドへの信頼に変換しようとしています。
2. 将来のパイプラインに備える
Lillyは肥満症だけではありません。
アルツハイマー病 がん 免疫疾患 糖尿病
など幅広いパイプラインを保有しています。
企業ブランドが強くなれば、新しい領域へ進出するときのハードルが下がります。
3. 「社会的ライセンス」を獲得する
今後、医薬品企業は価格やアクセスの問題についてますます社会から厳しく見られるでしょう。
その時に必要なのは単なる製品力ではなく、
「この企業は社会にとって必要な存在だ」
という信頼です。
Lillyはその土台を作ろうとしているように見えます。
日本の製薬企業への示唆
日本の製薬企業は依然として、
- 企業理念
- 疾患啓発
- 製品マーケティング
がバラバラであることが多い印象があります。
一方、Lillyはそれらを一つのストーリーに統合しています。
患者 家族 研究者 医療従事者 社会
すべてをつなぐブランドナラティブを作ろうとしているのです。
まとめ
Eli Lillyの成功はGLP-1だけではありません。
私が興味深いと感じたのは、
「薬を売る会社」から 「健康によって人生を豊かにする会社」
へと自らを再定義していることです。
これは単なる広告戦略ではなく、企業戦略そのものです。
今後の製薬業界では、新薬開発力だけでなく、こうした企業ブランド構築力も競争優位の重要な要素になっていくのではないでしょうか。